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昭和54年(1979)

1.倒産防止特別相談室設置 (昭和54年4月)

 昭和54年4月、本所中小企業相談部内に、倒産防止特別相談室が開設された。深刻化する地域の中小企業の不況による経営悪化、倒産に伴う社会的混乱の未然防止などが狙い。
 相談室設置に伴い、中小企業庁長官の委嘱による商工調停士に前県信用保証協会専務理事の河田公明氏を任命し、本格的な事業を開始した。
 相談室業務は、具体的には倒産の恐れのある中小企業から事前に申し込みを受け、経営的に見込みのある企業については再建の方途を講じ、そうでない場合は円滑な整理を図り、不況下の社会的混乱を最小限に食い止める。また相談の結果、再建の見込みのある企業については、特定不況倒産防止資金の融資をあっせんした。
 特定不況倒産防止貸付は、県が相談室の設置に対応して独自に設けた制度で、再建に必要な資金を裏打ちするもので融資枠は3億円。資金使途は運転資金、貸付限度額2,000万円、貸付利率年4.5%。
 相談室開設以来、10年間の相談受付件数は277件、業種別では建設業(99件)、小売業(81件)、製造業(46件)などが目立った。経営不振の原因別では、受注販売不振(105件)が最も多く、次いで関連企業の倒産(65件)など。また同相談室の指導で約62%の企業が倒産を回避した。

2.長崎県ペーロン協会発足 (昭和54年4月)

 昭和54年4月、長崎県ペーロン協会(松田皜一会長)が発足、東京隅田川での長崎ペーロン大会、香港のドラゴンボート・フェスティバル、シンガポールなど世界各国とペーロン競漕を通じての交流が盛んになった。
 協会設立は、長崎市を中心に各地に伝わるペーロンを一本化、伝統行事として保存継承するとともに、国際化などを通じて観光資源としても振興を図るのが狙い。
長崎港を舞台に、ドラの音と掛け声と共に競漕するペーロン船
 ペーロンは、長崎が古く海外交流の拠点として栄えた明暦元年(1655)に、中国からもたらされて以来、三百数十年の伝統を誇る長崎の夏の代表的行事。現在、14市町で実施され、51年、長崎のペーロンチームが香港のドラゴンボート・フェスティバルに参加以来、各地のペーロンもクローズアップされ、53 年、県ペーロン大会が開かれるなど各地区同士の交流も盛んであった。協会設立後、ペーロンの保存育成、観光振興を目的に、組織化が進み、東京隅田川、大阪淀川などでの長崎ペーロンの活躍は全国の注目を集め、香港、シンガポールなどへの遠征、海外チームを招いての国際大会開催など協会設立後の長崎ペーロンの果す役割は年々大きくなっていった。

3.林兼造船長崎造船所存続活動 (昭和54年7月)

 林兼造船長崎造船所は、大洋漁業系列の造船所で、本市では三菱重工業長崎造船所に次ぐ中堅造船所であった。当初は漁船や1万トンクラスの貨物船を建造していたが、昭和48年大型の船台を完成させ、バラ積み貨物船やパナマックス型タンカーの建設が可能になるほど、その建造能力は飛躍的にアップ、地元有力企業として地域経済に重要な役割を果たしていた。
 ところが、石油ショック後の長引く造船不況は本市の造船関連企業に大きな打撃を与え、林兼造船長崎造船所も縮小、撤退などの合理化を迫られた。林兼造船(本社・下関市)では、運輸省の造船業界安定基本計画に基づき設備削減を検討中で、場合によっては長崎造船所を閉鎖する可能性があるといわれていた。
 本所は昭和53年12月の大洋漁業、林兼造船への陳情に引き続き、翌年7月には松田副会頭をはじめ、柴田県経済部長、小田県労働部長、高比良長崎市助役、西岡県議会議員、柴原長崎市議会副議長らが上京、中部藤次郎・大洋漁業社長と幹部に会って『長崎造船所の設備削減が実施されると直接雇用の従業員はもちろん、関連下請企業並びに地域の中小企業に及ぼす影響が大きい』と存続を訴えたほか、その後も数次にわたり、運輸省船舶局や林兼造船並びに親会社の大洋漁業に対し、陳情活動を行なった。だが、このような努力も効果なく、翌55年1月には長崎造船所の閉鎖が決定された。
 跡地は一部を林兼造船出資の林兼船渠が引き継ぎ、操業を開始。その他は特定船舶製造安定事業協会に買い上げられた。その後、協会より三菱長崎機工と中田組に払い下げられ、再び造船、鉄構関係工場として甦ったことは地元にとっても喜ばしい限りであった。

4.創立100周年を祝う (昭和54年10月)

市民会館文化ホールで開催された記念式典
 明治12年10月1日、松田源五郎氏ら実業家有志によって 設立された長崎商法会議所にはじまる長崎商工会議所は、昭和54年10月1日で満100年を迎えた。政府の殖産興業政策の一環として長崎商法会議所が設立されて実に一世紀となった。
 長崎商工会議所はこの記念すべき年にあたり、地域経済の盛衰とともに歩んできた商工会議所100年の歴史をふりかえり、先人の偉業をしのぶとともに、その果すべき役割の重要性を再認識して次の百年に向かって一層の飛躍発展を期するため記念行事を盛大に行なった。
 昭和52年4月、創立100周年記念事業推進特別委員会を設け、行事内容、予算等について検討を進め、54年3月29日の常議員会で記念行事の大綱、予算を決定した。同時に特別委員会を創立100周年記念行事実行委員会に改組、そのなかに式典、祝賀、行事の3委員会を置いて、行事の実施要領など細部について検討を重ねる一方「100年史」の編集、講演会講師の手配など着々と準備を進めた。
 昭和54年10月1日に開催した創立100周年記念式典で清島省三会頭は、『先覚諸賢の偉業をしのび、本所の持つ役割の重要性を認識し、英知を結集して新たな一世紀に挑戦したい』と本所の存在の重要性と今後の飛躍を強調した。
 この他、創立100周年を記念して実施された事業は、次のとおり
十八銀行敷地への記念碑建立
(1)記念式典・祝賀パーティ
(2)会館建設 長崎市桜町4番1号に新所屋を建設
(3)記念植樹 長崎市民の森に山桜、八重桜150本を植樹
(4)記念碑建立 松田商行(現・十八銀行敷地)跡地に建立
(5)記念講演会 長部日出雄、おおば比呂司、野坂昭如の各講師を迎えての文化講演会 土屋清講師を迎えての経済講演会
(6)長崎商工会議所100年の歩み発刊(明治12年から昭和54年までの内外の経済情勢と会議所、経済界の主な動きを要約記述)
長崎商工会議所
〒850-8541
長崎市桜町4-1 長崎商工会館2F
TEL.095-822-0111
FAX.095-822-0112/825-1490


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